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寺社コン潜入記! 〜古事記から学ぶ恋愛術〜

昨日のエントリで、もうひとつ調査しているものとして挙げた「くのいち」。
そして以前から何度か書いているように、戦国期のくのいちを調査する上でかかせない「巫女」の知識。
巫女といえば神に仕える女性のことをいうけれど、今調べてる限りだと古代の原始神道に遡るほど、女性の方がもはや社会における立場が高かったようでござる!

中国の書物「魏志倭人伝」にも名が残る大和帝国の女王、卑弥呼については皆の衆もよくご存知であろう。
なぜ女性がトップに立っていたのか。
今の神職には基本的に男性が就いているが、特に古墳時代などまでは祈祷をはじめとした呪術を行えるのは女性のみであり、神に一番近しい存在である女性が絶大なる権力をもっていたのでござる。
卑弥呼もその流れで日本のトップに立ったのだ。
それが段々と立場が下がって行き、、、今のような男性神職の補佐的な立場に落ち着いたようでござる。

まだまだ今は古代神道あたりの調査までなので、戦国期などの巫女と忍者の関係は研究が進んだら解説するでござるよ!


その巫女の研究をするにあたって、どうしても避けられないのが「神道」とはなんぞや?というところ。
拙者は結構昔からこうゆうの好きだったのと、ご先祖様が実は天草にある神社を開いた僧侶(昔は神仏習合で神道と仏教両方扱ってたから、坊さんが神社を開くこともあった)だったらしく、若かりし頃の自分ルーツ探しのときにいろいろ調べて、ある程度の知識はあったと思っていたのだが、奥が深く複雑なため、やはりまだまだ知識が足りない。
神道のルーツは古事記を読み解くところから入るのだけれど、古事記の現代語訳は読んでももう、とにかく登場する神様が多すぎて多すぎて、あまり深くは追求してこなかった分野でござった。

でもやっぱ調べないと進まないなぁ、と思い調査を進めている先月のあるときだった。
「古事記」で検索していろいろと情報収集していると・・・こんな検索結果が出て来たのでござる。

寺社コン 川越八幡宮で古事記を学ぼうコン(婚活イベント)

・・・寺社コン!?

去年の暮れ頃に、会社の同僚から「寺社コンってのがあるらしいよ」と聞いたことはあった。
どうやら街コンが「街」をモチーフにしたコンパだとしたら、寺社コンのモチーフは「神社仏閣バージョン」らしい。
最近巷でジワジワと人気が出て来ているようでござる。

それを聞いたとき、婚活イベントなんて恥ずかしいし、まだ20代だからそこまで女性に困るような年でもないし。。
寺社はすごく好きなので魅力的だけどお金払ってまでいくことないな、と思っておった。

が、そのサイトを見てみると、、、、
川越八幡宮の神主さんが古事記について講義をしてくれるらしいとのこと!!!

ようわからん古事記のお話を、現役神主さんからお話が聞けるなんて!
すごく行きたくなり、でも恥ずかしいし、という気持ちもあり葛藤したが何事も修行じゃ!
と思って参加を申し込んだ。
すると数日後、主催者さまからメールがあり、どうやら参加できることになったらしい。

ということで昨日、人生初の婚活イベントに行って参りましたw
1年くらい彼女もいないですし、もしかしたらイイ出会いがあるかもしれないですからな!

集合場所は埼玉県の川越駅。
縁結びで有名な川越八幡宮で良縁祈願をしてもらい、その後川越散策、そして飲み会へと移るプランとのこと。


おそるおそる駅前の集合場所に馳せ参じた拙者!

周りを見渡せば、、、20vs20で総勢40名ほどの男女が!!
そしてなんとなく見る限り、30代〜40代くらいの方ばかり!
中には50くらいの方もいただろうか。
結局自分の他に20代だったのは一人くらいしかいなかった。

あかん・・・完全に浮いた・・・
結構散策で歩くんかと思ってラフな格好してきたら、結構みなさんシャツとか着てる!!
皆様落ち着いておとなしそうな方が多く、自分だけなんか幼いよぅ。。。

「募集要項では10vs10って書いてあったのに結構多いっすね〜」
とか近くのお兄様とお話ししながら、徒歩10分ほどで川越八幡宮に到着。

【川越八幡宮 ※なんとも微妙なショットしか取れずw】


到着後、輪になって自己紹介。
声が小さい人が多くて名前が聞こえませぬ・・・
東京・埼玉から来ている人が多く、中には千葉や茨城からいらしている方もござりました。

その後、拝殿の中で良縁祈願のご祈祷!
実は拙者、拝殿の中に入ったご祈祷って初めてで、こんなに神聖なものなんだな、と思い知りやした!
神主さんの祝詞がすごく良い声で、祓いの鈴の音がすごく心地よくて、、、
いいもんですなぁ。

祈祷の後は待ちに待った神主さんによる古事記のご講話!
この川越八幡宮でのイベントは第2回らしいので、この後も使うだろうからネタバレはできませぬが、出雲大社に祀られる大国主命の神様と女性の神様の恋の物語をかたどった内容でござった。
一昨年にninjaに乗っていった出雲大社のお話なので、テンションも上がりまする!

非常にわかりやすい解説で、非常に貴重なお話をお伺いできたでござる。
拙者が一番心に残ったのは、以下のお言葉でござった。

こういう話をすると大体「神様も人間と同じように恋愛をされてたのですね」と感想を言われることが多いようなのだが、一歩進んで考えて欲しいとのこと。

神様が人間と同じように恋愛をしているのではないのです。
神様が恋愛したからこそ、人間は恋愛ができるのです。


確かにそうだよな、といろいろ考えさせられるお言葉でした。
うん、やっぱり日本の考え方っていいでござるな。

神社の集会所から出て、また徒歩で15分くらい歩き、川越大社喜多院へ。

この移動のときに女性の方とお話したのだが、その方は幕末が好きらしい。
新撰組に萌えるレキジョの方かな、、、と思ったらそうではなく、幕末の激動の時代そのものが好きだとのこと。
だいたい女性で歴史的なものが好きな方って、パワースポットで占いがどうのとか、イケメン武将や隊士ファンとかばかりなのかな、と思っていたのだが、こういうところには、ちゃんと日本の心をわかっていたり、歴史にロマンを感じる人がくるんだな、というのがわかった。
ちょうど拙者も幕末に最近興味津々なので、なかなか盛り上がったでござるよ!

そして喜多院の前に建てられた日枝神社に到着。

【日枝神社】


喜多院は、天台宗の寺院であり、天台宗の総本山は比叡山延暦寺。
そう、信長が焼き討ちしたところでござる。
日本の神道ではあらゆるモノに神が宿るという考えで、比叡山にももちろん神様がいらっしゃった。
仏教である天台宗は、比叡山全体を寺として使ったため、比叡山の神様の力を借りて、一緒に成長して行った宗派であるとのこと。
そのため、天台宗系列の寺院があるところには、必ず日枝神社があるとのことでござる。
「比叡山 → ひえい ざん → ひえ → 日枝」でござるね。

そして、徳川家光が生まれたという喜多院へ!

【喜多院本門】


【喜多院本堂】


しかし、なんと今日の節分祭の準備で中に入れないらしい。。。
拝観したかったぜよー!!


そして参加者の中ではメインイベントであろう懇親会へ!

会場がまさかの結婚式場だったw
それ知ってたらもうちょっとフォーマルな格好で来てたわw

主催者の方のご挨拶で乾杯!

ちょっとウケたのは、今日ご祈祷してくださった神主さんも参加していたのだが、この方独身で、参加者としてばっちりと参加費を払っていたところでござるw

このときいろんな人とお話ができたのだが、本当にいろんな方がいた。

そして・・・嫌というほど話が合う!!w

年齢の差がある人が多かったけれど、やはり同じ趣味を持つ者が集まるとこんなに盛り上がるんだなぁ、とびっくりしてしまった。
ただ神社仏閣をベースにちょっとずつそれぞれ個性があって、占いとかが好きな人も入れば、仏像が好きな人、歴史が好きな人、神話が好きな人など、とても面白かった。
中には本当はあんまり神社とか興味ないです、というツワモノもいらっしゃったけど(参加条件に書いてあったのに・・・笑)
ただ忍者はいなかったけどね!!

これは心から思ったけど、神社仏閣とか歴史が好きな方でいい人を見つけたい人は、参加するととても良いと思う。
イベント自体が神聖だし、そもそも趣味の範囲だからおもしろいし、そこに集まる人も趣味は絶対合うから、気は絶対合うはずでござる。
参加してみて、仮になんか今日は違うな。。。と思っても、趣味に没頭すればいいだけだし。

かくいう拙者は、若さ故の特権か結構モテたでござる!(自称!)
とある女性から「嵩丸さんが一番カッコいいと思いました」とかも言われたでござる!(ホントだよ)
※どうか参加者の方、見てませんように。。。

こんな拙者でもそんな奇跡がござりますで、ぜひとも興味ある方は参加してみてくだされ!!
拙者の恋の行方は・・・いずれ乞うご期待!!

ちなみに飲み会のとき聞いたのだが、神主さん、脱サラして神職の道に入ったとのこと。
しかも年は違うが、誕生日が全く一緒でござったw
これも何かの縁だし、祖先が神職であることからいずれ勉強しなくてはな、と思っていたところだったので、貴重なお話をもっと聞きたくなり、ご連絡先をお伺いできたのは相当な収穫でござった。
今度御礼も兼ねてお話をお聞かせ願おうと思ふ。


そして少し野望を抱いているのは、寺社コンならぬ
「忍者コン」
はできないかなぁ、というところでござる。

忍者好きが集まり、忍者体験をして親睦を深めあう。
そんなプロデュースはできないものだろうか!?

否!
ダメだ今の関東圏における忍者ファンの規模から考えると、パイが少なすぎるw

でも寺社好きの方は一般人よりも忍者について結構な勢いで食いついてくれたので、既に有名になりつつある寺社コンの特別企画としてやってみてもおもしろいかもしれない。
忍者について少しでも知ってもらえるだろうしね。

でも由緒正しき武蔵流忍術を恋愛に使うとなったら頭目に怒られそうだなw
今度こっそり打診してみようw

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進化する忍者 〜阿修羅ショー in 六本木〜

拙者が世を忍ぶ仮の姿として働いている職場は、六本木の某高層びるぢんぐに入っておりまする。
ショッピングビルと隣接した商業複合施設でござる。
休日は様々なフェアなど催し物が出されているような場所である。

そして昨日今日と、なんとあの三重県観光協会が「三重県フェア」なるものを催しに、拙者が働くビルにやってきたのだ!!

拙者は昨日、休日にもかかわらず職場に赴き、その三重県フェアとやらに馳せ参じたでござる。
そりゃああの伊賀の方達が来るなら行くしかあらんめぇ!

到着するといつもイベントなどをやっているイベントスペースに、見慣れた弾幕が。

【NINJAフェスタ】


あ、、阿修羅のマークが!!
このあと、あの伊賀忍者集団「阿修羅」がショーをやるらしい!
まさか自分の職場で阿修羅が見れるとは。。
感無量でござる!

ショーの時間までまだ結構あるので、三重県の物産フェアを見て回ることに。
忍者グッズや伊賀焼き、くみ紐、拙者が大変お世話になった伊賀米など、おなじみの物産がずらり。

何度も伊賀に行っていると、全然もの珍しくない。。。
持ってたり、食べたことがあるものばかりだったので何も買いまへんでした。
このフェアに来る人の中でそんな奴拙者だけでござろうな。。

物産を売っている人たちを見ると、どの顔も手裏剣大会のときに見たことがあるスタッフの方ばっかりでござった。
ご挨拶したかったけど、今忍者の格好していないし、わからんやろうな。。と勇気が出ずスルーしてもうた。。

そして更に辺りを見渡すと、、、
伊賀上野観光協会の会長さんが!!

そう、手裏剣大会のときに普通に話してたら実は審査委員長だった、というおじさまでござる。
詳しくはこちら

さすがにまだ3ヶ月前のことだし、審査員特別賞も取ったし、伊賀米も手渡ししてくれたし、覚えてくれているやろ・・・・
と思い、勇気を出して声をかけてみることに!

拙者「会長さん!どうも!」

会長「あぁ、どうも。いらっしゃいませ。」

拙者「お久しぶりです!手裏剣大会ではありがとうございました!」

会長「?」

拙者「あの、、3ヶ月前に出させていただいたんですよ」

会長「あら、そうですか。そりゃそりゃ・・・」

拙者「はい、ここで働いてるんですよー。東京までお疲れさまです。」

会長「あぁ、そうですか。」

なんかノリ悪いw
いかにも覚えてない感じのリアクションに若干ショック。。

拙者「このあと挨拶頑張ってくださいね!失礼します!」

といって涙ぐみながら拙者は会場を後にしたのでござった。。


ショーまで時間があったので、少し仕事をして、また会場へ。
観客はちらほら集まって来たようだ。

するとあの荘厳なBGMとともに半蔵さんが!!
阿修羅のショーが始まる・・・!

【九字で清める半蔵氏】


【昌之助さんも来てた!】


【やはりかっちょいい・・・】


【痺れるぜ!】


拙者が最近で阿修羅のショーを生で見たのは2年前。
一人でKAWASAKIのNinjaに乗って出雲までソロツーリングしたときでござる。
そのときが3回目だった。


今回見て感じたのは、

そのときよりもショーが進化している・・・!!


やはり海外公演などを重ねて、技を磨いて行ったのだろう。
何度か見ているはずなのに、全く飽きない。
また新しい技が増え、精度も上がり、心を揺さぶられるショーでござった。
観客から感嘆の声と大きな拍手が起こるとなぜか拙者まで嬉しくなって、ちょっとこみ上げるものがあった。

前回見たとき、確かずっと効果音を担当していたような気がするくのいちの方。
今回はその方まで演武を行っている!!

【有香さんです】


【めっちゃ綺麗です】


【お近づきになりたいです】

※後ろの方に会長さんも写ってるw

いやー、ちゃんと人も増やして更に進化していらっしゃる。
さすがだなぁ。

そして前回の手裏剣大会に出た人なら知っている、あの代物が登場。
その事件は棒手裏剣の演武の時に起きた。

【あのいびつな形・・・どこかで見た気が・・・】


【そうだ!特許取った棒手裏剣だ!!】



そう、加藤さんという方が発明した、どんな風に投げても必ず刺さる棒手裏剣でござる。
※こんなこと言わない方が良いかな。。まぁ一般人はこのブログ見てないかw

まさかあの技術を阿修羅が取り入れていたとは...
半蔵さんは普通の棒手裏剣も投げられるらしいが、やはりショーでは外せないもんな。
忍者の技術も日々進化しているでござるな。

【そんなこんなでショー終了】


思えば6年前、拙者が第一回の甲賀の忍者検定を受けに行くついでに、初めて見た阿修羅のショー。
それからもう6年も経ち、進化した阿修羅の方々。
やはり忍者として飯を食って行っている人達は、洗練されて行っている。

拙者も同じ忍びとして、「負けられねー!」と感じたでござる。
まだまだ忍者としては食っていけないけど、武蔵一族の一員として頑張っていきたいでござる!!

ってか、一度でいいから阿修羅メンバーと撮影(有香さんとのツーショットを含む)してみたいなぁw

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武蔵一族道場開き 〜今年の目標も〜

本日は武蔵一族の道場開きに行って参った!
道場開きは今年一年の道場の繁栄を祈って皆で集まり、心を一つにして新しい年を祝う儀式でござる。

拙者の所属する武蔵一族では「時代アカデミー」という組織として、日本文化を極める活動を3分野に分かれて行っている。

1つは武術教室である「形水会」。
武術を極めて空の理論を学ぶものだ。

2つ目には忍者・忍術に関しての活動を行う「絆果会」。
忍者を通して国際親善活動を行ったり、忍者研究をするものでござる。

3つ目には伝統芸能を学び、披露する「猿流会」。
日本特有の和太鼓、笛、踊りなどを学びながら武芸に通ずるものをみつけるもの。

拙者は上記のうち、絆果会と猿流会に属しておりまする。
そして本日、道場開きのイベントにおいて、それぞれの活動における成果を披露した。

※他の演武もあるのだけれど、ほぼ出演者としての準備で写真が取れなかったので自分のところだけ書いて割愛します。
千さん、しころちゃんまかせた!w

まずは猿流会による出し物。
猿流会は去年の年末に急遽結成されたユニットでござる。
出演者は3忍で、1日だけ稽古に充て、今日の本番に備えた。

披露したのは「火男(ひょっとこ)踊り」。

【ひょっとこのお面】


うい奴であろう!

きっとそのうち動画撮ってくれた人からもらえるだろうから今はお預けだが、アホ面したお面をつけて、ふんどしで腰をフリフリ踊り狂うという出し物だ。
猿流会代表の怜文さんから去年いきなり「踊ってみようぜ!」と言われ、やったこともないのにいきなりやる羽目に…w
大した練習もできず、ストーリーと段取りだけ決めて本番を迎えることとなった。

道場の入り口横で出番を待つ拙者。
き、、、緊張する。。。
ってか冷静になって考えてみると忍者あんまカンケーねぇw

と思いつつ、怜文さんの太鼓の演目が終ったあと、皆の前にふんどし姿で踊り出たとき。。。

何かが自分の中で弾ける音がした!!

ふんどしから一物がこぼれそうになりながらも必死に押さえ込みつつ、最後まで踊り明かしてみせた。

内容は動画などで見てもらった方がわかりやすいので今度もらえたらアップするが、みなさんから意外と好評価をいただいたでござる!
なんだかお面を被っていると、何でも出来そうになってくるのはなぜなんだろう?
自分の中の隠れた何かを見つけたような気がした。
た、楽しい・・・w
もう少し「ひょっとこ」について極めてみようかと思った、そんな夜にござりまする。

その後、くのいちのみなさんによる巫女舞の講演。
拙者は笛の音楽をスタートさせつつ、太鼓をやる係。
が、音楽途中から流してしまってミスりまして候。。。。
くのいちの皆様、本当に申し訳ございませぬ。。。

だが、拙者は背を向けていたので見られなかったものの、どうやら大成功の様子。
いずれは笛が吹けるように練習していきたいでござるな。
くのいちのみなさん、お疲れ様にござりました!

そして、一族のメンバー全員で今年の目標を自分の名前の入った木札の裏に書くという行事が。
拙者は今年の目標として・・・

「忍者関連書籍を100冊読んでブログに書評を書く」

という目標を立て申した。

忍者関連書籍の定義が曖昧ではござりまするが、拙者の中では以下の通り定義しているでござる。
①忍者が主人公またはキーパーソンとなる時代、歴史小説
②忍者や忍術の研究書、解説書
③修験道、巫女、密教、呪術など忍者、忍術と密接に関連する書籍
④忍者を重用した戦国大名、幕臣などの書籍
⑤忍者漫画(笑)

なるべく忍者漫画はカウントしないようにその他の分野だけで100冊到達したいと思っているものの、年の瀬には落第忍者乱太郎やサスケばっかり読んでいるかもしれないw
それはご愛嬌としてご勘弁願いたい!w

従来通り過去問研究、忍者研究は随所で行っていくため、解説書などは基本的にその都度参照する形になると思うので、ほぼ①の忍者小説が多くなるであろう。
最近書評のエントリを書いているのはそのためでござる。

ということで今後は「書物」カテゴリが多くなり、本を紹介する機会が増えるので、アフィリエイトでもやろうかなw
もし拙者の記事を読んで「これはおもろい!」と思う本があれば、ポチっと購入いただければ幸いにござる!
※今のところはアフィリエイトを入れるつもりはございませぬ。

今年も忍活が忙しくなりそうでござるが、気張っていくぞーい!



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神になった忍者 〜高坂甚内〜

正月三日目になり申す!
昨日のうちに江戸に戻って来た拙者は、今日は浅草に繰り出したでござる。

まずはさっと浅草寺でお参りをすませ、祭り衣装専門店へ。
なぜ祭り衣装専門店かって!?
明後日に控えた武蔵一族の新年会に必要な道具調達のためでござる。
昨年の末に、ひょんと結成が決まり加入することになってしまった、和楽器を使った芸忍ユニット「猿流会」の出し物があるのだ。
まさか自分が楽器や踊りをやることになるとは・・・

そこで必要となるあるモノを購入。
まだ武蔵一族のメンバーにも何をやるかは秘密なので、何を買ったかも秘密でやんす!

また次の出し物でくのいち勢の「巫女舞」の伴奏として、雅楽や神楽に使われる「龍笛」を吹くことになっていた。
が、ちょうど去年の12月に笛の先生から習ったとき、
「普通はちゃんと吹けるまで、毎日練習して半年はかかります」
と言われていたのでござる。。

最初は一切音も出なかったが、練習していると指も動き、高い音なら結構出るようになってきた。
でも低い音は出ないケースが多すぎて、どう考えても明後日の出し物には間に合わぬ!
ということで、音源は音声ファイルから、、、ということで電気屋さんでスピーカーを買うてきました。
ちょうど家にもスピーカーなかったし、ちょうどええかもね。
当日は地味に太鼓をやらせていただきまする。


と、前フリが長くなってしまったが、メインはその後、少し前からどうしても言ってみたかった場所に行って参った!!

【そう、甚内神社でござる!!】


え?
なにココ??

忍者ファンなら一度は訪れてみたいスポットでござるよ。
今まで甲賀忍者検定には出ていなかったようだが、東京忍者検定ができたら確実に出るぞよ!!

なんとこの神社、祀られているのは「高坂甚内」という武田勝頼に仕えた忍者なのである。


時は遡り戦国時代。

甲斐の虎・武田信玄は、武田家の中で「三ツ者」と呼ばれる忍び集団を雇っていた。
ちなみに信玄が抱えていた忍び集団は、このタヂカラ軍団の三ツ者と、くのいち歩き巫女集団の「梓衆」がありまする。

信玄亡き後、武田家の家督を継いだ勝頼に仕えた忍者が高坂甚内でござった。(まだ幼齢のはずだが。。)
高坂甚内は武田二十四将の一人、高坂昌信の一族を自称していたようだ。
この勝頼の時代には、忍者集団の働きも低迷してしまっていたようで、三ツ者と呼ばれた時代に比べると目立った働きはなかったらしい。
そして、武田家が織田信長との長篠の戦いを皮切りに一気に力を失い、滅亡すると、高坂甚内は祖父に連れられて諸国を行脚することとなった。
その途中、宮本武蔵に見いだされて剣を学び、奥義を究めた!とされているが本当かよ。。。。

その後何があったかわからぬが、ちょうど徳川家康が江戸に幕府を開き、江戸のまちづくりを推進しているところで高坂甚内は盗賊行為を働くようになった。
おそらく忍者の働き口がなくなったための苦渋の決断だろう。

時を同じくして、同じように滅亡した北条家のお抱え忍び・風魔小太郎率いる風魔衆も江戸にて賊を働くようになる。
このため、高坂と風魔の縄張り争いが勃発した。
高坂甚内と風魔小太郎が創作などでライバルとして取り扱われるのは、武田vs北条以外にもこのような背景が絡んでいたからだろう。

ついにこれら賊の悪事にこらえきれぬ幕府側は、連絡をくれた者の過去の罪は一切問わないことを条件として賊に懸賞金をかけた。
高坂甚内は、自分のやったことを棚に上げてすべて風魔衆に罪をなすりつけ、幕府側に風魔衆の棲み家を案内し、小太郎を含むあらゆる風魔衆を捕縛させたのであった。
これによって、風魔衆は江戸の町から消え去ったため、江戸における盗賊は高坂甚内の独壇場になり、高坂甚内はまたも江戸で賊行為をやりたい放題。

そんな中、賊仲間であった「鳶沢甚内」という者に裏切られ、高坂甚内は幕府に追われることとなる。
なんと、この鳶沢甚内は、元風魔衆の一味であったのだ。
間者にござる。

ちょうどそのとき、高坂甚内は瘧(おこり。マラリアのこと)を煩っており、コレが元で逃げることができず捕まってしまった。
高坂甚内は、市中引き回しの上、隅田川の分流として流れていた鳥越川にかかる橋を渡って、今の浅草にある「鳥越」という刑場にひっぱっていかれた。
この刑場にて処刑される際、高坂甚内はこう言ったという。

「ワシが捕まったのは瘧にかかったからじゃ。
 ワシが死んだ後、ワシを祀るがよい。
 瘧のある者はワシのところへ来ればきっと治してやろうぞ!」

こうして高坂甚内は露と消え、その遺言どおり祀られることとなり、民衆の信仰を集めたのでござった。

このことから、処刑のために高坂甚内が渡った橋を「甚内橋」といい、その後祀られた神社を「甚内神社」という。
今でも浅草橋三丁目には甚内神社がひっそりと、陣内橋跡の石碑がほっそりと佇んでいるのである。

【布団屋さんの橋にひっそりとある甚内橋跡】



【マラリアに効くとされる甚内神社】



【甚内神社の場所はココ!】


正月三ヶ日に参ったにもかかわらず、やはり誰もいなかった。
どうやら元旦には餅がもらえたらしいが。。

忍者がその忍術を盗みに使うと、もはやそれは忍者ではないと言われているのでござる。
だが、次第に活躍の場を無くした忍び達がその技術を活かせる先はきっと少なく、盗賊となってしまうのも仕方ない気はするなぁ。
石川五右衛門をはじめとして、忍者から盗賊に墜ちるケースは多いが、意外と後世になって人気が出ているのも不思議でござる。

盗賊だったし高坂甚内は完全に悪党だったんだろうけど、神になってしまう八百万の精神は、おそらく日本独特なものであろう。
こんな日本が好きでござるw

拙者も死んだら誰か神にしてくれないだろうか。
拙者の最近の悩みであるM字型ハゲにご利益のある神社、嵩丸大明神なんていかがだろうか。
きっとM字から0字にしてくれようぞ!!



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印旛沼放浪記 〜あけましておめでとうございます〜

皆の衆、あけましておめでとうございまする!
去年の年末はほとんど更新していませんでしたが、今年もゆる〜く参る所存にございますので、どうぞ本年もごひいきにお頼み申す!

さて、無事に2013年を迎えることができましたな。
もう平成になって四半世紀経ったということで。。。早いものでござる。
皆の衆はどのように年を越したのであろうかの?

拙者は毎年、実家に帰っておりまする。
拙者の故郷は、千葉県の成田付近の小さな町。
何もない、ど田舎な土地でござるよ。

そして元旦には、拙者の中で勝手に決めている恒例行事を行っている。
その名も「新年駆け詣」!!
全国的にも有名な成田山新勝寺へ、片道10kmを走って初詣に行くという、新年から修行も兼ねるものでござる。
参拝客がいっぱいいる中、いつも一人で汗だくになりながらおみくじを引いておりまするw

けど、今年はちょっと趣向を変え、初詣は明日か明後日行くことにいたした。

ちょうど去年、武蔵一族において後半に立ち上がった企画「菱の実プロジェクト」の中で、「印旛沼」が菱の生息地であるという情報を思い出したからだ。

実行委員長のブログ「菱の実プロジェクト関連エントリー
千姫のブログ「琵琶湖での菱の実捜索!

印旛沼は家から3kmくらい。
もしかしたら琵琶湖みたいに菱もあるかもしれぬ。。。

ということで、今年の「駆け詣」は諦め、来たるべき菱の実PJの実地調査に備えて、「印旛沼を一周して菱あるっぽいところを探す事前抜け駆け調査」に相成ったのでござる!

【印旛沼】


ひろーい。
だが何かこう哀愁の漂う景観でござる。

小さい頃には何度か見たが、やはり大人になってから見ると感じ方も違ってくるな。
冬の印旛沼はいとをかし。
この物悲しさは、新年を迎え、今年一年の期待と不安を同居させている拙者のセンチメンタルな心にぴったり。
いろんな種類(多分20種類以上いた)の鳥たちが水面を泳ぎ、空を飛び回る風景は、まるで国語の教科書で同じみ「大造じいさんとガン」の舞台ようでござった。
誰か火縄銃を貸してくれい。

そんな趣を感じながら沼沿いを右回りに回っていたが、なかなか沼のそばまで行ける足場がないことに気付いた。
沼を囲む堤防の上がジョギング・サイクリングコースになっているのだが、堤防のすぐ下が沼であるため、なかなか下に降りていけないのである。

半分くらい来たところで水門がある地点にやってくると、やっと足場を見つけた。
小さな船などもつないであるようだ。



試しに降りてみて、菱を探してはみたものの、やはりもうなかった。
菱の実PJ実行委員長も、印旛沼の管理団体に聞いてみたときに、菱は他の植物に害でしかないので毎年取り除いている、ようなことを言ってたしな〜。
仕方あるまい。

そんなこんなで足場のある場所でちょっと休憩していると、、、
少し向こう側のボートに、大きくて白い物体が視界に入った。

・・・?

おそるおそる近づいてみると・・・

!!!!!!

でっかい鳥だ!!!!
1mは優に越えているぞ!!

【怪鳥に遭遇!!】



本当に小学生の子供くらいの大きさがあった。
拙者はこいつの名を、印旛の怪鳥「インバード」と名付けることにした。

拙者のことをまっすぐ見つめてくるインバード。
拙者も負けじとにらみ返す。

・・・

どれくらいの時が経っただろう。
なかなか目を離さないインバード。
拙者はまだジョギングの途中であり、Nike+のタイムカウントも刻々と時間を進めているため、拙者は後ろ髪を引かれる思いでその場を駈け去った。
インバードとのにらめっこ勝負に負けた形となってしまったのは悔やまれる。
元気でいろよ、インバード。

※帰って調べたら「モモイロペリカン」という鳥のようで、印旛沼の人気者らしい。知らなかったーw


その後も数ある足場に降りてはみたが、菱の気配は全く感じられなかった。
ここでも拙者の惨敗だ。。
ヒシミンの引きつった嘲るような笑い声が聞こえたような気がしたっす。。

結局北印旛沼を一周し、トータルで17kmくらいだったのでヘトヘトになり申したのだが、菱はなかったし、なかなか採取するための足場が存在する部分が少ないな、というのが結論でござった。
今年の秋頃にきっと行う実地での菱採取ポイントは絞られてくるであろう。
管理団体の方にしっかりとポイントは聞かねばならなそうでござる。

そんなこんなで全く面白みもないが、今年は菱以外にもやるべき忍者活動が多そうでござる。
忍者研究も早々に再開をせねばなるまい。

ということで、今年もよろしゅうお願いいたします〜!!

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