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真実を探しに! 〜神戸古文書館〜
Posted on Monday, Mar 04, 2013 16:19
今朝、夜行バスで名古屋から東京に帰って参ったでござる!
疲れたけどほんっっっっとに充実した3泊5日の近畿遠征でござった!
長くなるけどつれづれなるままに綴って行きたいと思いまふ。
3月1日(金) 曇りのち雨。
朝9:00過ぎに、武蔵一族の代表・朱雀さまと新神戸にて待ち合わせ、新神戸駅から徒歩10分の「神戸市文書館」へ!
【元は博物館だったのをリユースしてるらしい】


この文書館の存在意義は、神戸の歴史を追求し、神戸史を編纂することにござる。
中にはいると神戸に関する、ありとあらゆる資料がズラリ!
これは歴史好きにはたまらない環境でござるな!
さて、今回の目的は前回書いたように柴田剛中文書でござる。
なんとか江戸時代にも忍びの活躍があったことを資料から裏付けたい!
資料目録から見たい資料の管理番号を書き、館員の方に渡すシステムのようだ。
とりあえずは剛中の書いた日記を数点と写真や絵図を見ようと申請し、待つこと数分…
【来たきたキターーー!】

丁重に製本された資料がドカンとやってきたのでござる!
おそるおそる中を開いてみると…
【出た!直筆の日記が!】

探し求めていた貴重な資料を目の前に、もう興奮して朱雀さまとはしゃいでしまったでござるw
ひとまず何ページかサラサラっと読み進めてみると、一読しただけではあまり何が書いてあるかわからんのだけど、熟読すればなんとなくわかるような箇所が多い。
拙者はついこの前から古文書講座を受けて江戸時代の資料を少しずつ読んで勉強している。
今の題材の文書はくずし字が酷かったりして、解読にはかなり時間がかかるのであるが、剛中の日記はくずしがそこまでひどくない!
すぐさまスラスラ、というのは難しいだろうが、努力でカバーできる範囲だと思われる!
基本的に資料の複写はコピー機によるものとし、どうしてもコピーだと見えづらい場合にのみ写真撮影が許される様子。
一旦何枚かコピーしてみたものの、、なかなか写りがよくない…
そのため、結局右手にiPad、左手で資料をめくるという単純作業を繰り返し行うこととなった・・・
そんな風にしながらひたすら読み進めていくと、よしろ〜さんがご到着!
朱雀さまと昔から交流がある忍者好きの方でござります。
ご挨拶もそこそこに、いきなり申し訳ござらんが一緒に資料収集を行っていただくことにw
まだざっと見ただけで解読はこれからだが、資料ではいろんな気になる記述あり!
例えば、柴田剛中が目付の頃、奉行からに宛てた資料の中に
「火薬の取り扱いにもっと用心しなさいよ」
という注意喚起の手紙が残っていたりしている。
朱雀さまに
「やっぱり武蔵一族も火薬は使っていたのでしょうか?」
と聞くと
「もちろんです」
とお答えが。
やはり伊賀流の流れを汲む一族では、火薬のスキルがあったようであり、これを幕末においても、注意して怒られるくらい使っていたようでござる!
一体何に使ったのか。。
気になる・・・気になるでござるよ・・・!
忍者は関係ないが、他にも柴田剛中は「腹痛」になっていたり、一時期にはほぼ毎日おばさんが訪ねてきていたりと、いろんな日常が垣間見えそうな予感。
宝探しをしているようで、面白い・・・!
まだまだすらすらとは行けないけど、何年かはかかると思うけど、頑張って解読いたしまするぞ!!
資料は膨大なため、すべてを写すことはできずに一旦本日は切り上げることに。
夕方、よしろ〜さんに有馬温泉まで連れてっていただき、神戸・大坂奉行をしていたときに柴田剛中が一室を借りていたといわれる「善福寺」へ!
あいにくの大雨であるにもかかわらず、連れてってくださったよしろ〜さん、ありがとうございまする。
到着したものの、大雨で外を歩くのが一苦労だったので、朱雀様とよしろ〜さんは車に残るといい、拙者だけ行くことになり申したw
【なかなかの門構え】

【いい感じの本堂です】

【ここで瞑想してみたい】

【千利休の供養塔もありました】

ここで剛中様が暮らしていたんだな〜。
でもめっちゃ山の上だけどさすがにここから神戸港とか大阪まで行くのは大変だったんじゃないかなぁ。
とか思い巡らせながらいろいろと歴史を感じ、妄想に浸っておりましたとさ。
しかしやはり忍びとしての性からか、本堂の床下のスペースがどうしても気になってしまふ。。
忍び込めるかな、下を覗いてみると・・・
【どわっ!!!】

ビックリしたーー!!!
めっちゃビックリした!
もうスーパービックリマンだった!
その後有馬温泉街を探索。
ええロケーションやで〜。
【忍び装束で練り歩きたい】

帰りに3忍でおしゃれなカフェでパンとコーヒーをいただいて、みんなで談笑し、解散いたしました。
ちょっと一回では全部の資料に目を通すのは厳しいので、今後も神戸にはいかないとならないでござるな。。
頑張って真実を探求してい期待でござる!!
疲れたけどほんっっっっとに充実した3泊5日の近畿遠征でござった!
長くなるけどつれづれなるままに綴って行きたいと思いまふ。
3月1日(金) 曇りのち雨。
朝9:00過ぎに、武蔵一族の代表・朱雀さまと新神戸にて待ち合わせ、新神戸駅から徒歩10分の「神戸市文書館」へ!
【元は博物館だったのをリユースしてるらしい】
この文書館の存在意義は、神戸の歴史を追求し、神戸史を編纂することにござる。
中にはいると神戸に関する、ありとあらゆる資料がズラリ!
これは歴史好きにはたまらない環境でござるな!
さて、今回の目的は前回書いたように柴田剛中文書でござる。
なんとか江戸時代にも忍びの活躍があったことを資料から裏付けたい!
資料目録から見たい資料の管理番号を書き、館員の方に渡すシステムのようだ。
とりあえずは剛中の書いた日記を数点と写真や絵図を見ようと申請し、待つこと数分…
【来たきたキターーー!】
丁重に製本された資料がドカンとやってきたのでござる!
おそるおそる中を開いてみると…
【出た!直筆の日記が!】
探し求めていた貴重な資料を目の前に、もう興奮して朱雀さまとはしゃいでしまったでござるw
ひとまず何ページかサラサラっと読み進めてみると、一読しただけではあまり何が書いてあるかわからんのだけど、熟読すればなんとなくわかるような箇所が多い。
拙者はついこの前から古文書講座を受けて江戸時代の資料を少しずつ読んで勉強している。
今の題材の文書はくずし字が酷かったりして、解読にはかなり時間がかかるのであるが、剛中の日記はくずしがそこまでひどくない!
すぐさまスラスラ、というのは難しいだろうが、努力でカバーできる範囲だと思われる!
基本的に資料の複写はコピー機によるものとし、どうしてもコピーだと見えづらい場合にのみ写真撮影が許される様子。
一旦何枚かコピーしてみたものの、、なかなか写りがよくない…
そのため、結局右手にiPad、左手で資料をめくるという単純作業を繰り返し行うこととなった・・・
そんな風にしながらひたすら読み進めていくと、よしろ〜さんがご到着!
朱雀さまと昔から交流がある忍者好きの方でござります。
ご挨拶もそこそこに、いきなり申し訳ござらんが一緒に資料収集を行っていただくことにw
まだざっと見ただけで解読はこれからだが、資料ではいろんな気になる記述あり!
例えば、柴田剛中が目付の頃、奉行からに宛てた資料の中に
「火薬の取り扱いにもっと用心しなさいよ」
という注意喚起の手紙が残っていたりしている。
朱雀さまに
「やっぱり武蔵一族も火薬は使っていたのでしょうか?」
と聞くと
「もちろんです」
とお答えが。
やはり伊賀流の流れを汲む一族では、火薬のスキルがあったようであり、これを幕末においても、注意して怒られるくらい使っていたようでござる!
一体何に使ったのか。。
気になる・・・気になるでござるよ・・・!
忍者は関係ないが、他にも柴田剛中は「腹痛」になっていたり、一時期にはほぼ毎日おばさんが訪ねてきていたりと、いろんな日常が垣間見えそうな予感。
宝探しをしているようで、面白い・・・!
まだまだすらすらとは行けないけど、何年かはかかると思うけど、頑張って解読いたしまするぞ!!
資料は膨大なため、すべてを写すことはできずに一旦本日は切り上げることに。
夕方、よしろ〜さんに有馬温泉まで連れてっていただき、神戸・大坂奉行をしていたときに柴田剛中が一室を借りていたといわれる「善福寺」へ!
あいにくの大雨であるにもかかわらず、連れてってくださったよしろ〜さん、ありがとうございまする。
到着したものの、大雨で外を歩くのが一苦労だったので、朱雀様とよしろ〜さんは車に残るといい、拙者だけ行くことになり申したw
【なかなかの門構え】
【いい感じの本堂です】
【ここで瞑想してみたい】
【千利休の供養塔もありました】
ここで剛中様が暮らしていたんだな〜。
でもめっちゃ山の上だけどさすがにここから神戸港とか大阪まで行くのは大変だったんじゃないかなぁ。
とか思い巡らせながらいろいろと歴史を感じ、妄想に浸っておりましたとさ。
しかしやはり忍びとしての性からか、本堂の床下のスペースがどうしても気になってしまふ。。
忍び込めるかな、下を覗いてみると・・・
【どわっ!!!】
ビックリしたーー!!!
めっちゃビックリした!
もうスーパービックリマンだった!
その後有馬温泉街を探索。
ええロケーションやで〜。
【忍び装束で練り歩きたい】
帰りに3忍でおしゃれなカフェでパンとコーヒーをいただいて、みんなで談笑し、解散いたしました。
ちょっと一回では全部の資料に目を通すのは厳しいので、今後も神戸にはいかないとならないでござるな。。
頑張って真実を探求してい期待でござる!!
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